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東京地方裁判所 昭和37年(ヨ)2397号 判決 1963年5月18日

判   決

群馬県高崎市日光町三番地

債権者

株式会社林製作所

右代表者代表取締役

林敏雄

右訴訟代理人弁護士

辻誠

山田治男

東京都墨田区大平町四丁目五番地

債務者

堀川プレス株式会社

右代表者代表取締役

堀川賀郎

右訴訟代理人弁護士

内山弘

松本光

右当事者間の昭和三十七年(ヨ)第二、三九七号特許権仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件仮処分申請は、却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

債権者訴訟代理人は、「一 債務者は、別紙目録記載の洗濯器を輸出してはならない。二 東京都墨田区太平町四丁目五番地債務者会社営業所所在の右洗濯器に対する債務者の占有を解き、債権者の委任する東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。」との判決を求め、債務者訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(仮処分申請の理由)

債権者訴訟代理人は、仮処分申請の理由として、次のとおり述べた。

一  被保全権利

(一)  林敏雄は、昭和三十二年六月三日、高月照雄の有する次の特許権について、高月照雄かう独占的実施権の許諾を受け、ついで、昭和三十五年十月十九日、高崎簡易裁判所昭和三四年(ノ)第五七号特許権実施契約改訂調停事件の調停期日において、高月照雄、林敏雄、債務者らの間に調停が成立し、右独占的(通常)実施権の期間を昭和三十五年十月十九日から八年間とすること等の条項を定めた。

特許番号 第二三二、一二八号

発明の名称 膨脹圧力利用の洗濯法

特許出願 昭和三十年九月二十一日

出願公告 昭和三十二年二月九日

設定の登録 昭和三十二年五月十三日

(二)  右調停成立の日、債権者は、特許権者である高月照雄の承諾のもとに、林敏雄からその有する右独占的通常実施権の譲渡を受け、一方、債務者は、債権者の承諾のもとに、高月照雄から本件特許権について通常実施権の許諾を得た。

(三)  その際、債務者は、債権者に対し、本件特許権の対象たる発明を利用する洗濯器を輸出しないことを約束した。

(四)  しかるに、債務者は、その後、輸出業者である株式会社長門商会を通じ、スイスのビクトリア商事株式会社に対し、本件特許発明を利用する別紙目録記載の洗濯器を「モンデイアル」の商標を付して輸出している。

二  保全の必要性

よつて、債権者は、債務者を被告として、右約束に基き、別紙目録記載の洗濯器の輸出の差止及び損害賠償請求の訴を提起すべく目下準備中であるが、本案訴訟の勝訴判決確定をまつては、債権者は、回復しがたい損害をこうむるおそれがあるものである。すなわち、債権者は、昭和三十六年以降、スイスをはじめ、ドイツ、イタリー、フランス等ヨーロツパ諸国の各商社に対し、債権者のみが、本件特許発明に利用する洗濯器を輸出しうるものであることを確約して輸出しているのであるが、債務者において、債権者が開拓した販路をねらつて別紙目録記載の洗濯器を輸出しているため、債権者の輸出数量が減少するのみならず、海外における債権者の信用を失墜することにより、回復しがたい損害をこうむる現在の危険が存する。なお、東京都墨田区太平町四丁目五番地債務者会社営業所には、債務者が輸出する目的で別紙目録記載の洗濯器を所有占有している。

(答弁)

債務者訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一  仮処分申請の理由一の(一)、(二)及び(四)の事実は、認める。

二  同一の(三)の事実は、争う。

三  同二の事実は、争う。

(疎明関係) ≪省略≫

理由

(債務者において本件特許発明を利用する洗濯器を輸出しない旨の合意の存否)

債権者は、昭和三十五年十月十九日、債務者において本件特許発明を利用する洗濯器を輸出しない旨の合意が成立した旨主張するが、以下に詳説するとおり、債権者の右主張に照応する疎明資料は、一部措信しがたいものを除いては、一つとして存しない。すなわち、

林敏雄が、昭和三十二年六月三日、高月照雄の有する原告主張の特許権について、高月照雄から独占的実施権(成立に争いのない甲第二号証によれば、その範囲は、地域を日本全国とし、期間を八年間とするものであつたことが一応認められる。)の許諾を得たことは、当事者間に争いがないところ、(疎明―省略)を総合すれば、高月照雄は、昭和三十三年一月二日、本件特許権について、債務者に、地域「日本全国」、期間三年間なる範囲の実施権を許諾したため、林敏雄との間の右独占的実施権許諾契約に反することとなり、こによつて林敏雄との間に生じた紛争を解決すべく、昭和三十四年同人を相手方として高崎簡易裁判所に特許権実施契約改訂のための調停申立(昭和三四年(ノ)第五七号)をしたが、債務者らは、利害関係人として右調停申立事件に参加し、何回かの期日を重ねた結果、昭和三十五年十月十九日、関係者間に調停が成立したこと、その調停の内容は、高月照雄がさきに林敏雄に許諾した右独占的(通常)実施権に関し、その範囲については、期間を昭和三十五年十月十九日から八年間とし(この点については、当事者間に争いがない。)、その区域を「内外国全域」とする等詳細に定め、さらに、高月照雄は、林敏雄に対し、同人以外のいかなる者にも、本件特許権について通常実施権を許諾しないことを確約し、すでに債務者らに許諾中の通常実施権は本日かぎり解約すべく、あらためて、林敏雄の承諾のもとに、従前の通常実施権の範囲内において債務者らに通常実施権を許諾すべきことを約し、債務者は、高月照雄と林敏雄との間の右取り決めを承認し、今後、本件特許権の実施については、すべて、高月照雄及び林敏雄の両名との間に交渉すべきこととし、その詳細は別に取り決めるべきこと等の条項を定めたこと、昭和三十五年十月十九日、右調停の成立直後、関係者一同は、右調停によつて定められた基本方針に基き、関係者間においてさらに詳細な取り決めをすべく、高崎市通町九十三番地高月照雄方に集まり、高月照雄がかねて作成しておいた「特許第二三二一二八号実施許諾契約書」と題する二通の書面(甲第十一、第十四号証)及び承諾書と題する書面(甲第十七号証)に各関係者がそれぞれ調印し、これによつて、債権者が、特許権者である高月照雄の承諾のもとに、林敏雄から同人の有する前記独占的通常実施権の譲渡を受けるとともに(債権者が前記独占的通常実施権の譲渡を受けたことについては、当事者間に争いがない。)、高月照雄は、右独占的通常実施権に関し、その範囲のうち、期間を八年間とし(ただし、更新の特約がある。)、区域を「全国」とする等、右調停の内容を債権者との間において確認し(甲第十四号証)、一方、債務者らは、本件特許権についての高月照雄との間の従前の実施権許諾契約を合意解約するとともに(甲第十七号証)、高月照雄は、本件特許権につき、債権者の承諾のもとに、債務者らに対し、あらためて、範囲のうち、期間を五年間とし(ただし、更新の特約がある。)、区域を「日本全国」とする等詳細に定められた内容を有する通常実施権を許諾したこと、高月照雄は、これらの文案を作成するに際し、本件特許権につき輸出をも含めて独占的通常実施権を得たい旨の債権者の要望を受けていたので、特許権者は特許発明の技術的範囲に属する物の営業的輸出行為をする権利をも専有するという前提のもとに、高月照雄と債権者との間に調印した前示「特許第二三二一二八号実施許諾契約書」(甲第十四号証)には、独占的通常実施権の範囲のうち、区域の記載を「全国」とする一方、高月照雄及び債権者と債務者らとの間に調印された前示「特許第二三二一二八号実施許諾契約書」(甲第十一号証)には、通常実施権の範囲のうち、区域の記載を「日本全国」と書き分けることにより、区域を「全国」とすれば、日本国の内外を含むから、独占的通常実施権者は本件特許発明を利用する洗濯器を業として輸出することも許されるが(調停調書(甲第五号証)において実施権の範囲を「内外国全域」と記載した趣旨も、これと同様に解される。)、区域を「日本全国」とすれば、日本国内に限られ、したがつて、これにより、通常実施権者は、日本国内において本件特許発明を利用する洗濯器を生産しえても、これを輸出することは許されなくなるものと考えていたこと、一方、債務者の代理人として高月照雄及び債権者と債務者との間の「特許第二三二一二八号実施許諾契約書」(甲第十一号証)に調印した工藤武臣は、通常実施権の範囲のうち区域を「日本全国」とする記載があるだけで、契約条項中に輸出を特に認める条項がないかぎり、右洗濯器を輸出しえないものと考え(もつとも、(疎明―省略)によれば、債務者会社代表者は、一般に、通常実施権者が特許発明の実施品を輸出することは自由であるという考えのもとに、右「特許第二三二一二八号実施許諾契約書」(甲第十一号証)による契約成立の前後を通じ、本件特許発明を利用するものであること当事者間に争いのない別紙目録記載の洗濯器を輸出していたことを一応認めることができる。)、右「特許第二三二一二八号実施許諾契約書」(甲第十一号証)の調印に際しても、特に、右洗濯器の輸出を認める旨明記すべきことを要望したのであるが、高月照雄及び債権者の承諾を得られないまま、沙汰やみとなつたいきさつがあることを一応認めることができ、(中略)他に、以上一応の認定事実をくつがえすべき資料は、存しない。

元来、特許権者は、日本国内においてのみ業として特許発明を実施する権利を専有するものであるから、その技術的範囲に属する物を輸出する行為自体は、日本国内における譲渡の概念に含まれないかぎり、特許権者が有する右権利の範囲外の問題といわなければならない。特許権者は、一般に、業として右輸出行為をする権利をも専有するものであることを前提として、高月照雄が債権者の承諾を得て債務者に許諾することとなつた通常実施権の範囲のうち、区域を「日本全国」と定めることにより、これに輸出を含ましめない意味合いをもたせる意図があつたとしても、高月照雄が業として本件特許発明を利用する洗濯器を輸出する権利を専有しているかどうかの問題とはかかわりなく、債務者においてこれを輸出しない旨の積極的な意味合いをもつた合意が成立した場合は格別、そのことのゆえに、債務者が許諾を得た通常実施権に基いて生産した別紙目録記載の洗濯器を輸出する自由までも奪われるものと解すべきいわれはない。右「特許第二三二一二八号実施許諾契約書」(甲第十一号証)には、高月照雄が債権者の承諾のもとに、債務者に許諾した通常実施権の内容及びこれに関する当事者間の特約条項が詳細に定められているにかかわらず、債務者において本件特許発明を利用する洗濯器を輸出しない旨の特約条項は、債権者との関係においても特に定められていない事実に、債務者が従前高月照雄の許諾を得ていた実施権の範囲、及び、高月照雄は、債権者の承諾のもとに、あらためて、従前の実施権の範囲内において債務者に通常実施権を許諾すべき旨の調停条項の記載等前記一応認定した諸般の事実をあわせ考えると、前掲各疎明によつてみても、さきに一応認定した事実以外に、債務者において本件特許発明を利用する洗濯器を輸出しない旨の合意が当事者間に成立した事実を一応認めることも困難であり、(中略)その他本件におけるその余の疎明によつてみても、債権者の右主張を一応認めるに足る資料は、一つとして存しない。

(むすび)

以上説示のとおりであるから、本件特許発明を利用する洗濯器を債務者において輸出しない旨の合意が当事者間に成立したことを前提とする債権者の本件仮処分申請は、すでにこの点において、被保全権利の存在に関する疎明が十分でないものといわざるをえず、また、保証を立てしめてこれに代えることも、事案の性質上、適当とは認められないから、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

よつて、債権者の本件仮処分申請は、却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 竹 田 国 雄

裁判官米原克彦は退官につき署名押印する事が出来ない。

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

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